保育士転職の全体像 — 処遇改善加算後、何が変わったのか
- 保育士の処遇改善加算はⅠ・Ⅱ・Ⅲの3段階で積み上がっており、求人票の月給内訳を見ないと実際の待遇は分からない。
- こども家庭庁の政策投資は待機児童対策という「量」から、保育の質と保育士の処遇という「質」へ重心を移している。
- 転職の順番は「求人を見る」より先に「経験年数・専門性・志向の棚卸し」を行うことが遠回りに見えて近道になる。
「保育士って、結局どこも給料は変わらないんですよね」
面談の場で、僕はこの言葉を数えきれないほど聞いてきました。皆さま、この「どうせ変わらない」という感覚、今も持っていませんか。興味深いのは、この言葉を新人の方も、10年目の方も、主任クラスの方も、ほぼ同じトーンで口にすることです。つまりこの感覚は、事実というより情報が更新されていないことから来ている可能性が高いんです。
率直に言うと、保育士の給与構造は、ここ10年ほどで段階的に、しかし確実に変わってきました。今回は「保育士転職の全体像」というテーマで、まず制度の変化を押さえ、そのうえでどんな順番で転職を考えればいいかを整理します。精神論は書きません。制度と、その使い方の話です。
0. 前提 — 政策は「量」から「質」へ動いている
最初に、大きな流れを1つ押さえておきます。かつて保育業界の政策課題は、待機児童の解消という「量」の問題でした。認可保育園の新設が急ピッチで進み、保育士の求人は右肩上がりに増え続けました。こども家庭庁が公表する各種資料でも、待機児童数はこの10年で大きく減少したことが示されています。
誤解がないように申し上げると、「だから保育士は余っている」という話ではありません。量の課題が一区切りついた分、政策の重心は保育の質と、それを支える保育士の処遇に移っています。処遇改善加算という仕組みが年を追うごとに拡充されてきたのは、この政策の重心移動を映しています。
1. 処遇改善加算という土台 — 何が積み上がっているのか
保育士の給与を語るうえで避けて通れないのが、処遇改善加算です。ざっくり言うと3段階あります。処遇改善加算Ⅰは、保育士等の賃金水準を底上げするための基礎的な仕組みとして2015年度から本格的に位置づけられたもの。処遇改善加算Ⅱは2017年度に新設され、副主任保育士や職務分野別リーダーなど、技能・経験に応じた役職に月額数万円規模の処遇改善を乗せる仕組みです。処遇改善加算Ⅲは比較的新しく、月額9,000円相当という形でコロナ禍後の経済対策として始まり、その後、公定価格の中に恒久的に組み込まれました。
この3つは別々の目的で作られたものなので、単純に足し算すれば給料が上がる、という単純な話ではありません。園がどの加算をどう配分しているかによって、同じ経験年数でも手取りは変わります。次の章で、求人票の読み方に落とし込みます。
2. 求人票の読み方 — 「月給◯円」の中身を疑う
求人票に「月給22万円〜」とだけ書かれていたら、僕ならまず「その内訳は?」と質問します。基本給がいくらで、処遇改善加算がいくら乗っているのか。賞与に加算分が含まれているのか、月々の給与に反映されているのか。この内訳を確認するだけで、同じ「月給22万円」でも実際の伸びしろがまったく違って見えてきます。
体感値で言うと、求人票に加算の内訳まで明記している園は、制度への理解と説明責任の意識が高い園である傾向があります。逆に「賞与に含む」「規定による」とだけ書かれた求人は、面接で必ず確認する価値があります。処遇改善加算Ⅰ・Ⅱ・Ⅲの違いを先に理解しておくと、この質問がずっとしやすくなります。
3. 何から考えるか — 求人より先に棚卸し
ここが今回の隠れた主役です。多くの方は、転職を思い立つとまず求人サイトを開きます。ですが僕がおすすめする順番は逆です。まず自分の経験年数・保有資格・志向を紙に書き出す。そのうえで求人票を読む。この順番を守るだけで、同じ求人票でも見え方が変わります。
3-1. 経験年数の棚卸し。何年目か、リーダー経験はあるか、担任した年齢帯はどこか。これは処遇改善加算Ⅱの対象ポストに関わってきます。3-2. 専門性の棚卸し。乳児保育、障害児保育、食育など、深めてきた領域があるか。これは求人票の「歓迎条件」に直撃します。3-3. 志向の棚卸し。マネジメントに進みたいのか、現場に留まりたいのか、新しい職域に挑戦したいのか。この3つを言語化してから求人を見ると、応募先の優先順位が自然に決まります。
4. 園選びの軸 — 看板より制度の使い方
公立か私立か、認可か認可外か。この二項対立で考える方が多いのですが、僕はもう一段深い軸を提案したいと思います。それは「その園が処遇改善加算をどう使っているか」という軸です。配置基準に余裕があるか、研修制度が整っているか、ICT化が進んで持ち帰り仕事が減っているか。これらはすべて、加算を保育士の処遇そのものに使っているか、それとも別の運営コストに吸収させているかの表れです。公立・私立、認可・認可外の比較で、より具体的な確認ポイントを整理しています。
5. キャリアの伸ばし方 — 5つの進路
棚卸しが終わったら、進路のイメージを持っておくと転職活動がぶれません。僕が現場で見てきた進路は、大きく5つに整理できます。①園マネジメント(主任・副主任・園長を目指す)、②専門特化(乳児・障害児・食育などの領域を深める)、③現場プレイヤー(子どもと向き合う担任として長く働く)、④転身探索(企業主導型・学童・児童発達支援などへ広げる)、⑤安定基盤(公立や大手法人で長く働くことを最優先する)。どれが正解ということはありません。15問の診断で、自分がどの進路に近いかを確かめてみてください。
もうひとつ触れておきたいのは、潜在保育士の存在です。資格を持ちながら現場を離れている方は少なくありません。ブランクは弱みではなく、復職支援制度を使えば十分に埋められる差です。詳しくは潜在保育士の復職ガイドで扱っています。
面接についても、少しだけ触れておきます。保育士の面接で聞かれることは園によって表現こそ違いますが、僕の体感値では突き詰めると「安全に保育できるか」「チームでやっていけるか」「長く続けてくれるか」という3つの不安に集約されます。この3つを先に理解しておくと、想定外の質問が減り、面接そのものへの緊張も和らぎます。面接でよく聞かれることにまとめましたので、応募前に一度目を通しておくことをおすすめします。
(結論)制度を知ってから、地図を持って動く
まとめます。①保育士の給与構造は処遇改善加算Ⅰ・Ⅱ・Ⅲの積み重ねで変わってきた。②求人票は総支給額でなく内訳で読む。③転職は求人より先に、経験年数・専門性・志向を棚卸しする。④園選びは看板でなく「加算をどう使っているか」で見る。⑤進路は5つに整理でき、診断で現在地を確かめられる。
「保育士はどこも同じ」という感覚は、情報が更新されていないだけかもしれません。制度は動いています。次はあなたが動く番です。
最後に、実務的な確認事項をリストにしておきます。転職活動を始める前に、次の3つを準備してから求人票を開いてください。①直近の給与明細(賞与を含む)を手元に用意し、加算がどう反映されているか自分で確認する。②経験年数・保有資格・研修修了歴を一覧にする。③「園マネジメント」「専門特化」「現場プレイヤー」「転身探索」「安定基盤」の5つの進路のうち、今の自分がどこに近いかを仮でいいので決めておく。この3つがあるだけで、園見学や面接での質問の質がまったく変わります。転職は情報戦であると同時に、自己理解の作業でもあります。
皆さんいかがでしたでしょうか。まずは15問の診断で、自分の経験がどの進路タイプに接続するかを確かめてみてください。では今日もがんばりましょう。
よくある質問
Q. 保育士の転職で、求人票のどこを最初に見ればいいですか
総支給額の内訳を見てください。基本給に処遇改善加算Ⅰ・Ⅱ・Ⅲがそれぞれいくら含まれているかが分かれば、その園が制度をどう使っているかが見えます。加算の記載がない、または「賞与に含む」とだけ書かれている求人は、面接で内訳を質問することをおすすめします。
Q. 処遇改善加算があれば、どの園を選んでも給与は同じですか
いいえ、同じにはなりません。加算は国の制度で用意された原資ですが、実際にどう配分するかは法人・園の裁量に委ねられている部分があります。同じ経験年数でも、配分方針次第で手取りは変わるため、求人票の内訳確認が欠かせません。
Q. 転職はまず何から始めればいいですか
求人サイトを開く前に、自分の経験年数・保有資格・志向の3点を紙に書き出すことを勧めます。そのうえで処遇改善加算の仕組みを理解してから求人票を読むと、同じ求人でも見え方がまったく変わります。この記事はその準備の全体地図として書きました。
IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。